1.生産緑地法とは?
1-1.結論
生産緑地法(せいさんりょくちほう)は、市街化区域内における農地を保護するための法律です(1974年〈昭和49年〉制定)。農業を続ける代わりに、固定資産税や相続税の優遇措置を受けられるなどの規制や緩和措置が定められています。
不動産取引において生産緑地法が関係するのは、次のようなケースです。これらに該当する場合、宅建業法第35条に基づく重要事項説明の義務があります。
制限の対象となる「区域」
- 生産緑地地区内
以下、生産緑地法に関する必要な知識を初心者にも分かりやすく体系的に解説します。
1-2.生産緑地法の目的をサクッと理解
生産緑地法はこうして作られた
生産緑地法の制定背景は非常に複雑ですが、農地の宅地化を進めたい行政と、それに反発した農家とのせめぎあいの中で生まれた、いわば折衷的な制度といえます。
法律上は「良好な都市環境の形成のため」と記されていますが、その背景には当時の税制や土地政策、農業団体の要望など、政治的な要素も色濃く反映されています。
この法律は、生産緑地地区に関する都市計画に関し必要な事項を定めることにより、農林漁業との調整を図りつつ、良好な都市環境の形成に資することを目的とする。— 生産緑地法第1条(e-Gov)
「宅地並み課税」と「農地課税」
日本は戦後の高度経済成長で都市部の宅地が不足し、1968年に都市計画法が制定され「市街化区域」と「市街化調整区域」が区分されました(線引き制度)。
市街化区域は宅地化を推進すべきエリアとなり、1971年の地方税法改正で「宅地並み課税」が導入され、農地への開発圧力が高まりました。
これに反発した農家の声を受け、1974年に生産緑地法が制定され、指定農地は「農地課税」による低税率を維持できる仕組みとなりました。しかし指定が進まなかったため、1982年には「長期営農継続農地制度」が創設され補強されます。
バブル期には、農地課税の恩恵を受けながら売却益を狙う動きが広がったため、1992年の改正で「30年間農地維持」を条件に優遇を受ける一方、転用を厳しく制限する仕組みが導入されました。
その満了が迫った2022年には大量解除が懸念されましたが、2017年創設の「特定生産緑地制度」により9割が延長に移行しました。
このように、生産緑地制度は「宅地並み課税」と「農地課税」のせめぎあいの中で延長されてきました。
現在は、高度経済成長期のような土地不足は収束しつつある一方で、農地の宅地化に伴うインフラ整備負担が市区町村の課題となっています。
2.生産緑地法の全体像・体系
ここでは、生産緑地法における「生産緑地の指定から解除まで」の全体像を解説します。
特に押さえておくべきは、その指定方法および解除方法です。

生産緑地の指定方法
農地が生産緑地として指定されるためには、市区町村による都市計画決定が必要です。
都市計画決定は、都市計画審議会による可決が必要な厳密な手続きです。そのため、相談は随時受け付けているものの、生産緑地の都市計画決定は年1回のみなど、自治体ごとにスケジュールが異なります。
生産緑地に指定されると、各種の制限や緩和が適用され、あわせて標識板の設置義務が課されます(→詳細は「3-1」参照)。
生産緑地の解除方法
生産緑地指定後30年が経過した場合や、従事者が死亡・重度障害等の場合は、自治体に買取申出が可能です。ただし、自治体は必ずしも買い取るわけではなく、財政負担や用地需要の問題から買い取らないケースが増えています(→詳細は「3-3」参照)。
自治体が買い取らない場合でも、すぐに農地を宅地化することはできません。まず、その農地で農業を行いたい希望者がいないかを斡旋するプロセスがあります。この斡旋期間はおおむね3か月程度で、希望者が現れれば、農地の売却や貸出による営農継続が図られます。
農業希望者も見つからない場合は、最終的に生産緑地の指定が解除されます。生産緑地が解除されれば、宅地への転用はもちろん、引き続き農業を続けるなどの選択も自由です。
なお、農地から宅地へ転用する場合には、農地法による農地転用や、都市計画法による開発許可など、別の法律に基づく手続きが必要です。
3.生産緑地法の制限まとめ
生産緑地法では、「3-1.生産緑地地区」または「3-2.特定生産緑地地区」に該当する場合に制限がかかります。これらの区域外の農地は、規制の対象外です。
3-1.生産緑地地区
概要
生産緑地とは
「生産緑地(せいさんりょくち)」とは、都市計画の地域地区として定めらる農地等のことです(生産緑地法第3条第1項)。
農地等とは、農地・採草放牧地・森林などを指します(生産緑地法第2条)。
生産緑地地区では、標識の設置による明示義務があります(生産緑地法第6条)。
原則として、指定面積は500㎡以上ですが、条例により300㎡まで引き下げることができます(生産緑地法第3条第2項)。
主な制限
①宅地転用・売買の制限
生産緑地には、原則30年間は農地等としての利用が課され、宅地転用や売買は制限されます(生産緑地法第10条)。
②行為の制限
生産緑地地区内での次の行為には市区町村の許可が必要です(生産緑地法第8条第1項)。
| 行為制限(生産緑地法第8条第1項) | |
| 1 | 建築物や工作物の新築・改築・増築 |
| 2 | 宅地の造成、土石の採取、その他の土地の形質の変更 |
| 3 | 水面の埋立て又は干拓 |
許可申請は、一般的には次のような施設であれば許可されます(生産緑地法第8条第2項)。
| 許可される施設(生産緑地法第8条第2項) | 詳細 | |
|---|---|---|
| 1 | 農業を続けるために必要な施設 | 農産物の生産や集荷施設、農業資材の保管施設、農産物の処理・貯蔵の共同施設、農作業者の休憩所 |
| 2 | 地域農産物を活用する施設 | 地元農産物を原料とする加工工場、その加工品の販売所、地元農産物を使った料理を提供する飲食施設 |
| 3 | その他、政令で認められる施設 |
主な緩和措置
生産緑地地区では、営農義務が課せられる代わりに「固定資産税」と「相続税」に関する緩和措置が設けられています。
固定資産税の軽減
生産緑地に指定されると、その農地の固定資産税は「農地課税」となり、大幅に軽減されます。ただし、生産緑地が解除されると「宅地並み課税」となり、税額は他の宅地と同等の扱いとなります(段階的に引き上げられる場合もあります)。
相続税の軽減
相続税や贈与税の納税猶予の特例も適用されます。後継者が農地を相続する際、本来課される相続税の納税が猶予される仕組みです。これにより、農地のスムーズな継承が可能となります。

罰則
生産緑地地区において、市区町村の許可が必要な建築行為等を無断で行った場合、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金に処されます(生産緑地法第19条)。
また、無断行為に対する原状回復命令に従わなかった場合には、1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金に処されます(生産緑地法第18条)。
手続きの流れ
生産緑地地区の指定手続きの流れは、おおむね次のとおりです。
たとえば練馬区では、毎年8月までの申出が翌年8月に都市計画決定されます。最低でも1年以上の期間が必要となるため、スケジュールに注意が必要です(参考:練馬区「生産緑地地区」)。
| 手順 | 詳細 | |
|---|---|---|
| 1 | 市区町村への申出 | まず、市区町村に申出(相談)します。 多くの自治体では、生産緑地の指定を年度ごとに受け付けており、そのスケジュールに注意が必要です。 |
| 2 | 都市計画決定・告示 | 市区町村は、農地を生産緑地に指定するための都市計画手続きを行います。具体的には、都市計画審議会での審議が行われ、その後に生産緑地地区決定の告示がされます。 告示時点で正式に生産緑地地区となり、都市計画図や台帳等に反映されます。 |
| 3 | 標識の設置 | 生産緑地地区の指定後、自治体から標識板が交付される場合があり、設置義務が生じます。 |
3-2.特定生産緑地地区
概要
特定生産緑地とは
「特定生産緑地(とくていせいさんりょくち)」とは、指定から30年を経過した生産緑地について、さらに10年間の延長指定を受けた地区のことです(生産緑地法第10条の2)。
特定生産緑地の指定期間は、10年ごとに繰り返し延長することが可能です(生産緑地法第10条の3)。
特定生産緑地は、生産緑地の期間終了後に適用される延長措置であり、「主な制限」「主な緩和措置」「罰則」は生産緑地制度と同様です。
3-3.買取申出と指定解除
買取申出
生産緑地地区について、次のような場合には自治体に対して買取申出を行うことが可能です。
| 買取申出が可能となるケース | |
| 1 | 生産緑地の指定から30年経過したとき(生産緑地法第10条第1項) |
| 2 | 特定生産緑地の指定から10年経過したとき(生産緑地法第10条の5) |
| 3 | 農業従事者の死亡や重病等により営業継続が困難なとき(生産緑地法第10条第2項) |
指定解除
生産緑地地区を自治体が買い取らない場合は、ほかの農業希望者に斡旋されます。希望者が見つからなければ生産緑地の指定は解除され、自由に売買できるようになります。
4.不動産取引時のチェックポイント
不動産取引において生産緑地法に関する重要事項説明(宅建業法第35条)が必要となるのは、次の場合に限られます。
特定生産緑地は、生産緑地の指定期間終了後の延長措置であり、実質的に確認すべき事項は生産緑地と同じです。ただし、生産緑地には営農義務があり、宅地転用や売買が制限されているため、不動産取引で対象となるケースはほとんどありません。
一方で、取引の対象となる不動産の近隣に生産緑地が存在する可能性は十分にあります。その場合は、次のような事項について調査が必要です。
| 手順 | 詳細 | |
|---|---|---|
| 1 | 生産緑地地区の確認 | 各市区町村の都市計画マップ等で確認する。必要に応じて、現地で「生産緑地地区」の標識が掲示されているか確認する。 |
| 2 | 指定状況および解除時期の確認 | 市区町村の都市計画課で、「指定年月日」「指定期間」「指定面積」「対象地番」を確認する。指定年月日と指定期間から、解除時期を把握する(生産緑地は指定から30年間、特定生産緑地は指定から10年間)。 |
| 3 | 買取申出の有無確認 | 同じく市区町村の都市計画課で、土地所有者による買取申出が行われているか確認する。買取申出がある場合は、解除手続き中の可能性があるため要注意。 |
| 4 | 登記簿の確認 | 土地の登記簿を取得し権利関係を確認する。生産緑地指定後に相続等が発生した場合は、指定期間満了を待たずに買取申出が行われ、指定解除の可能性がある。 |
| 5 | 指定解除後の建築計画確認 | 生産緑地が指定解除されている場合、(1)農地法による転用許可が取得されているか、(2)建築計画(開発許可や建築確認の届出など)が進んでいるかを市区町村で確認する。 |
| 6 | 周辺生産緑地の分布状況把握 | 購入検討エリアに生産緑地がどの程度存在するかを把握する。生産緑地が密集している地域では、将来の地価への影響を考慮する。 |
| 7 | 重要事項説明書への記載 | 気象条件によって土埃や臭気等が生じる可能性がある旨を明記する。 |
生産緑地地区の指定状況は、各市区町村のホームページで確認できます。
たとえば東京都板橋区では「都市計画情報マップ」にて詳細情報を絞り込むことができます。











