1.歴史まちづくり法とは?

1-1.結論

歴史まちづくり法(れきしまちづくりほう)は、「歴史的風致」を守り、活用するための法律です(2008年〈平成20年〉制定)。対象となる区域内では、建物の増改築や土地の区画形質の変更などの際の制限が定められています。

正式名称は「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」です。

不動産取引において歴史まちづくり法が関係するのは、次のようなケースです。これらに該当する場合、宅建業法第35条に基づく重要事項説明の義務があります。

制限の対象となる「建造物」

  • 歴史的風致形成建造物

制限の対象となる「区域」

  • 歴史的風致維持向上地区計画の区域内

以下、歴史まちづくり法に関する必要な知識を初心者にも分かりやすく体系的に解説します。

1-2.歴史まちづくり法の目的をサクッと理解

歴史まちづくり法を理解するには、その目的を把握すると分かりやすくなります。

「具体的な内容を早く教えて!」という方は、次の「3.歴史まちづくり法の制限まとめ」をご覧ください。

歴史まちづくり法はこうして作られた

歴史まちづくり法の目的は、「歴史的風致」を保存し、活用することです(歴史まちづくり法第1条)。国土交通省では「歴史的風致」を次のように説明しています。

【「歴史的風致」とは】
単に歴史上価値の高い建造物が存在するだけでは歴史的風致とは言えず、地域の歴史と伝統を反映した人々の活動が展開されていて初めて歴史的風致が形成されます。―引用:国土交通省中部地方整備局「歴史的風致とは」

要するに、歴史的な建造物だけを守っても、お祭りや産業などの伝統的な営みが失われ風情や情緒が感じられなくなれば、それは歴史的風致とは言えないということです。

高齢化が進む時代では、世代交代による相続をきっかけに伝統的な建造物が保全されず、歴史的風致が失われる事例が増えています。

出典:国土交通省「歴史まちづくり法に基づく取組について」(参考資料3・p.9)より抜粋

従来、歴史的な景観を守るための制度としては、文化財保護法(1950年)や古都保存法(1966年)、景観法(2004年)などがありました。

しかしこれらは、あくまでも建造物等のハード面を保全する手法であり、伝統的な行事や産業などのソフト面も一体的に保全するという仕組みがありませんでした。

こうした制度の空白を補うため、2008年に制定されたのが歴史まちづくり法です。

2.歴史まちづくり法の全体像・体系

ここでは、歴史まちづくり法の全体像を解説します。

歴史まちづくり法の内容を大まかに区分すると、「①地方自治体が行う事業に対する国庫補助」と、「②民間事業者に対する建築制限等」といった二面性があります。

①地方自治体が行う事業に対する国庫補助

まちの歴史的風致を保全し、活用したい地方公共団体は、「歴史的風致維持向上計画(歴まち計画)」を作成し、国の認定を受けます。

この認定を受けることで、地方公共団体は、国による事業費の支援を受けて、歴史的風致を保全するための事業を行うことができます。これにより、財源の捻出が難しい地方中小都市であっても、まちの整備ができるようになりました。

この支援が特徴的なのは、建造物の保全などのハード面に関する事業のみでなく、伝統文化などのソフト面を保全する事業も支援対象となることです。

②民間事業者に対する建築制限等

地方公共団体は、民間事業者に対して建造物の建築制限等のルールを定めることができます(→詳細は「3.歴史まちづくり法の制限まとめ」参照)。

つまり、上記①は地方自治体のための制度であり、民間事業者にとっては上記②についてのみ確認が必要と言えます。

歴史的風致維持向上計画とは

歴史的風致維持向上計画とは

「歴史的風致維持向上計画」とは、市区町村長が歴史的風致の維持・向上を目的に作成し、国の認定を受ける計画です。

国の認定を受けると、市区町村は事業実施にあたり、多様な支援制度を活用できるようになります。

令和7年7月30日時点では、全国100都市(41都道府県)で計画が作成されています。

この計画では重点区域が定められます。

出典:横浜市「歴史的風致維持向上計画2025~2034」より抜粋

重点区域とは

重点区域とは

歴史的風致維持向上計画における「重点区域」とは、重要文化財などの歴史資源が集まり、歴史的風致の維持・向上のための施策を重点的かつ一体的に推進するエリアのことです。

重点区域内では、歴史的風致形成建造物(→詳細は「3-1」参照)などの指定が可能です。

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3.歴史まちづくり法の制限まとめ

歴史まちづくり法では、主に3-1.歴史的風致形成建造物」または「3-2.歴史的風致維持向上地区計画」に該当する場合に制限がかかります。

3-1.歴史的風致形成建造物

概要

歴史的風致形成建造物とは

「歴史的風致形成建造物」とは、そのエリアの歴史的風致を構成する上で重要な建造物です。

市区町村が、歴史まちづくり法に基づき「重点区域」の中で、所有者の意見を踏まえて指定します。

山口家住宅(大阪府堺市)

主な制限

歴史的風致形成建造物に指定された建造物については、次のような制限がかかります。

制限内容詳細
■増改築・除却等の届出義務歴史的風致形成建造物の増築・改築・移転・除却を行う場合は、工事着手の30日前までに、市区町村長へ届出が必要です(歴史まちづくり法第15条第1項)

市区町村長は、届出内容が歴史的風致の保全に支障をきたすと判断した場合、設計変更など必要な措置をとるよう「勧告」できます(歴史まちづくり法第15条3項)
■適切な維持管理義務歴史的風致形成建造物の所有者等は、適切な維持管理(日常的な補修や景観維持に配慮した管理など)が求められます。

主な緩和措置

歴史的風致形成建造物に対する代表的な緩和策として、次のようなものがあります。

緩和内容詳細
■相続税の優遇措置歴史的風致形成建造物の家屋や土地については、相続税評価額を30%減額する特例があります。

これは、相続税の支払時に建造物を売却・解体せざるを得ない事態を防ぐための制度です。
■譲渡所得の優遇措置歴史的風致形成建造物やその敷地を地方公共団体等に譲渡した場合、譲渡所得から1,500万円を控除できる特例があります。

こうした税制優遇により、所有者が建造物の保存に協力しやすい環境が整えられています。
■建造物修理の支援措置歴史的風致形成建造物の所有者が外観修理や耐震補強などを行う場合、費用の一部が補助される特例があります。

補助額や条件は自治体ごとに条例等で定められます。

罰則

歴史的風致形成建造物の増改築・除却等を行う際には事前届出が義務づけられており、違反した場合は5万円以下の過料に処されます(歴史まちづくり法第41条)

3-2.歴史的風致維持向上地区計画

概要

歴史的風致維持向上地区計画とは

「歴史的風致維持向上地区計画」とは、歴史的風致にふさわしい建築物の整備や市街地環境の保全を総合的に進めるための地区計画です。

都市計画の手続きに基づき、市区町村が指定します。

2024年3月31日時点では、地区計画は福島県白河市「南湖湖畔店舗地区」と、福岡県太宰府市「観世音寺地区」2か所のみです。

観世音寺地区計画(福岡県太宰府市)

 主な制限

歴史的風致維持向上地区計画の区域内では、地区計画で定められた制限がかかります。具体的には、次のような制限です。

制限内容詳細
■行為の届出義務地区計画区域内で土地の区画形質の変更や建築物の新築・増改築等を行う場合は、工事着手の30日前までに市区町村長への事前届出が必要です(歴史まちづくり法第33条1項)

市区町村長は、その行為が地区計画に適合しないと判断した場合、必要な「勧告」を行うことができます(歴史まちづくり法第33条3項)
■建築物の形態意匠等の制限地区計画では、都市計画では規制できない細かな建築ルールも定められます。

たとえば、建物の用途(用途地域の制限を強化・緩和)、壁面位置、高さ、屋根形状、色彩、敷地の緑化率など、歴史的景観に配慮した独自のルールを設けることが可能です。

主な緩和措置

歴史的風致維持向上地区計画は、基本的には制限を設ける枠組みであり、直接的な緩和措置はありません。

ただし、同計画とあわせて市区町村が個別に指定する「歴史的風致形成建造物」については、税制優遇・用途緩和・修理補助などの特例が適用されます(→詳細は「3-1>主な緩和措置」参照)

罰則

歴史的風致維持向上地区計画では事前届出が義務づけられていますが、違反した場合は30万円以下の罰金に処されます(歴史まちづくり法第40条)

4.歴史まちづくり法の手続きの流れ

「歴史的風致形成建造物」(→詳細は「3-1」参照)または「歴史的風致維持向上地区計画」(→詳細は「3-2」参照)において、制限の対象事業を行う場合に届出などの手続きが必要になります。

4-1.歴史的風致形成建造物の届出手続き

歴史的風致形成建造物の増築・改築・移転・除却を行う場合は、次の手続きが必要です。

STEP1.市区町村長への事前届出

工事着手の少なくとも30日前までに、市区町村長への事前届出が必要です。提出先は、都市計画・景観担当課や文化担当課など、自治体によってさまざまです。

STEP2.審査・勧告

届出を受理した自治体は、提出内容をもとに審査します。計画が歴史的風致を損なうおそれがある場合は、着手前に変更内容などについて勧告されます。

STEP3.工事実施

届出内容に問題がなく、届出受理から30日が経過すれば工事に着手できます。

4-2.歴史的風致維持向上地区計画の届出手続き

歴史的風致維持向上地区計画で建築行為を行う場合は、次の手続きが必要です。

STEP1.市区町村長への事前届出

工事着手の少なくとも30日前までに、市区町村長への事前届出が必要です。

STEP2.審査・勧告

届出を受理した自治体は、提出内容をもとに審査します。計画が地区計画の基準に適合していない場合は、助言・指導や勧告が行われます。

STEP3.工事実施

届出内容に問題がなく、届出受理から30日が経過すれば工事に着手できます。

5.不動産取引時のチェックポイント

不動産取引において歴史まちづくり法に関する重要事項説明(宅建業法第35条)が必要となるのは、次の2つの場合に限られます。

5-1.歴史的風致形成建造物の確認方法

不動産が「歴史的風致形成建造物」に該当するかどうかは、自治体の公式HPで確認できる場合があります。たとえば太宰府市では、歴史的風致形成建造物の一覧表をPDFで公表しています。

インターネット上で情報が見つからない場合は、市区町村の担当部署で確認するのが確実です。

実務上、歴史的風致形成建造物の指定には所有者の合意が必要なため、通常は建物所有者が把握しています。所有者から確認できない場合でも、多くは登録有形文化財や景観重要建造物などに重複指定されており、現地に歴史的建造物であることを示す表示があるケースも少なくありません。

5-2.歴史的風致維持向上地区計画の確認方法

歴史的風致維持向上地区計画は、2024年3月31日時点で福島県白河市「南湖湖畔店舗地区」と福岡県太宰府市「観世音寺地区」の2か所のみ指定されています。

それ以外の地域が対象となることは現時点ではありません。


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本記事の監修者

株式会社Delight Hub 代表取締役

立原祥貴

首都大学東京を卒業後、豊島区(都市計画課)に入庁。

▶不動産の調査窓口や、池袋駅周辺の再開発・地権者交渉、用途地域等の法令改正、都市計画マスタープランの策定、都市計画審議会の運営など、主に都市計画事業に従事。

▶アパート経営をキッカケに土地仕入れに興味を持ち、不動産業界に。売買仲介営業や、iYell株式会社(住宅ローンテック企業)にて住宅ローン提案・マーケティング・マネジメントを経験。

▶2024年、住宅・不動産業界の営業DXを推進したいという思いから株式会社Delight Hubを創業。

▶東京都板橋区出身。資格は宅建士、FP2級など。