1.文化財保護法とは?
1-1.結論
文化財保護法(ぶんかざいほごほう)は、「文化財」を将来に残すための法律です(1950年〈昭和25年〉制定)。文化財は国にとって貴重な財産であり、その保護のために規制が定められています。
不動産取引で文化財保護法が関係するのは、次のようなケースです。これらに該当する場合、宅建業法第35条に基づく重要事項説明の義務があります。
制限の対象となる「区域」
- 伝統的建造物群保存地区
- 周知の埋蔵文化財包蔵地
- 重要文化的景観選定区域
制限の対象となる「建物等」
- 有形文化財・記念物など
以下、文化財保護法に関する必要な知識を初心者にも分かりやすく体系的に解説します。
1-2.文化財保護法の目的をサクッと理解
文化財保護法はこうして作られた
文化財保護法は、1949年(昭和24年)の法隆寺金堂壁画の焼損をキッカケとして立法化の機運が高まりました。金堂内部の仏教壁画は当時「国宝保存法」により国宝に指定されていましたが、火災で大半が失われ、日本社会に大きな衝撃を与えました。
これを受け、従来の「国宝保存法」や「史跡名勝天然記念物保存法」を統合し、文化財を体系的に保護する制度として文化財保護法が整備されました。
このような背景を踏まえ、文化財保護法では国宝や記念物を含め、有形・無形を問わず多様な文化財を対象とし、その性質に応じた規制を設けています。
特に不動産取引に関係する制度としては、1975年の改正で「重要伝統的建造物群保存地区」が、2004年の改正で「重要文化的景観」が加わりました。
この法律は、文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もって国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献することを目的とする。―文化財保護法第1条(e-Gov)
不動産取引では、文化財保護法のどの制度に該当しどのような制限がかかるのかを把握することが重要です。
2.文化財保護法の全体像・体系

ここでは、文化財保護法の全体像を解説します。
文化財保護法では、文化財を6種類に区分し、それぞれに応じた保護制度が設けられています。同じ種類の文化財でも、その重要度に応じて保護のレベルが異なります。
保護制度の違いは複雑ですが、大まかなイメージとしては「国宝」や「特別史跡・特別名勝・特別天然記念物」が最も厳格に保護され、次に「重要」と付くもの、その次に「登録」と付くものの順で、規制は緩やかになります。
| 区分 | 解説 |
| ■有形文化財 | 建造物、絵画、彫刻、工芸品、古文書などの有形の産物で、歴史上・芸術上価値の高いものです。国が特に重要と認めたものは「重要有形文化財」、さらに価値が高いものは「国宝」に指定されます。「重要」には至らないものの、保存・活用が望ましいものは「登録有形文化財」として登録する制度があります。 たとえば、重要有形文化財として「東京駅の丸の内駅舎」、国宝として「姫路城」があります。 |
| ■無形文化財 | 演劇、音楽、工芸技術など無形の産物で、歴史上・芸術上価値が高いものです。国が特に重要と認めたものは「重要無形文化財」に指定します。 たとえば、重要無形文化財として「能楽」や「歌舞伎」があります。 |
| ■民俗文化財 | 衣食住、生業、信仰、年中行事に関する風俗習慣・民俗芸能、またそれらに用いられる衣服・器具・家屋などで、国民生活の歴史を理解する上で欠かせないものです。特に重要なものは重要有形民俗文化財・重要無形民俗文化財に指定されます。 たとえば、重要有形民俗文化財として「アイヌ民族の衣装」、重要無形民俗文化財として「青森ねぶた祭」があります。 |
| ■記念物 | 学術上または芸術上価値の高いもののうち、国が特に重要と認めたものは史跡・名勝・天然記念物に指定されます。さらに価値が高いものは、特別史跡・特別名勝・特別天然記念物に指定されます。 たとえば、特別史跡として「姫路城跡」、特別名勝として「鹿苑寺庭園(金閣寺)」、天然記念物として「奈良公園のシカ」があります。 |
| ■文化的景観 | 人々の生活や生業と土地の風土が形作った景観地で、我が国の生活や生業を理解するうえで欠かせないものです。特に重要なものは、市区町村等の推薦を経て国が「重要文化的景観」として選定します。 たとえば、京都市嵐山の景観があります。 |
| ■伝統的建造物群 | 歴史的風致を形成する伝統的建造物群と、それと一体となって価値を構成する環境が、保存すべきものと認められる地区のことです。市区町村は「伝統的建造物群保存地区」(→詳細は「3-1」参照)を定めることができます。 たとえば、石川県金沢市の主計町茶屋街があります。 |
| ■文化財の保存技術 | 文化財の保存のために必要な技術は、文化財には該当しませんが、文化財保護法による保護の対象となっています。文化財の保存に必要な技術のうち、特に保存措置が必要なものを「選定保存技術」として選定します。 たとえば、「在来絹製作」や「表具用木製軸首製作」と呼ばれる技術があります。 |
| ■埋蔵文化財 | 土地に埋蔵されている文化財、主に遺跡のことです。すでに遺跡が存在すると知られている土地は「周知の埋蔵文化財包蔵地」(→詳細は「3-2」参照)として各地域の教育委員会が管理しています。 |
なお、国指定に限らず地方公共団体(都道府県や市区町村)の指定文化財も存在します。各自治体は、国指定以外の文化財について独自に指定し、保存措置を講じることができます(文化財保護法第182条第2項)。これらは「県指定重要文化財」「市指定重要文化財」等と呼ばれる場合があります。
3.文化財保護法の制限まとめ
文化財保護法では、主に「3-1.伝統的建造物群保存地区」または「3-2.周知の埋蔵文化財包蔵地」、「3-3.重要文化的景観選定区域」に該当する場合に制限がかかります(有形文化財や記念物などの取引は稀であるため割愛します)。
3-1.伝統的建造物群保存地区
概要
伝統的建造物群保存地区とは
「伝統的建造物群保存地区(伝建地区・でんけんちく)」とは、城下町・宿場町・門前町など、全国の伝統的な集落や町並みを保存するために都市計画の地域地区として定められるものです(文化財保護法第143条)。
特に価値が高い地区は、国(文部科学省)が「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建地区・じゅうでんけんちく)」として選定します(文化財保護法第144条)。
建物単体ではなく、周囲の環境と一体となって歴史的な雰囲気を形成しているエリアが指定対象となります。


主な制限
伝統的建造物群保存地区(伝建地区)において、次のような建築行為は、事前に市区町村の教育委員会の許可が必要です(文化財保護法施行令第4条)。
なお、市区町村によっては条例で独自の基準を定めている場合があります(次の表は、あくまで国の定める基準です)(文化財保護法第143条)。
| 文化財保護法施行令第4条に定める制限の基準 | |
| 1 | 建築物その他の工作物(建築物等)の新築、増築、改築、移転又は除却 |
| 2 | 建築物等の修繕、模様替え又は色彩の変更でその外観を変更することとなるもの |
| 3 | 宅地の造成その他の土地の形質の変更 |
| 4 | 木竹の伐採 |
| 5 | 土石の類の採取 |
| 6 | その他、保存地区の現状を変更する行為で条例で定めるもの |
また、自治体によっては日常的な軽微な修繕については許可を要せず、事前届出のみで足りる場合もあります。
主な緩和措置
①建築制限の緩和
伝統的建造物群保存地区(伝建地区)では、建築基準法上の制限(建ぺい率・容積率・斜線制限・道路斜線制限など)が緩和される場合があります(建築基準法第85条の3)。
市区町村は国(国土交通省)の承認を得ることで、条例で制限を緩和することができます。これは、歴史的景観保護の観点から、建造物の整備を円滑に進めるための措置です。
②助成金
本地区内では通常の生活も営まれており、住民による建造物等の維持管理が重要となります。そのため多くの自治体では、修理や建替えのための助成金があります。
たとえば、京都市では伝統的建造物の外観修理や構造補強に対して、最大600万円の助成金が支給されます。
罰則
制限に違反した場合の罰則は自治体によって異なります。文化財保護法には罰則規定がなく、地方自治体の条例に委ねられています。
たとえば金沢市では、違反時に5万円以下の罰金(金沢市伝統的建造物群保存地区保存条例第13条)、京都市では50万円以下の罰金に処されます(京都市伝統的建造物群保存地区条例第11条)。
手続きの流れ
伝統的建造物群保存地区(伝建地区)における許可申請の流れは、おおむね次のとおりです。
| 手順 | 概要 | |
|---|---|---|
| 1 | 事前相談 | 市区町村の教育委員会に事前相談します。 建造物の種類により基準が異なるため、あらかじめ確認することで手続きがスムーズになります。 |
| 2 | 許可申請書の提出 | 許可申請書を提出します。 添付書類として位置図・設計図・現況写真・工事概要書などが求められます。 |
| 3 | 審査 | 教育委員会にて受理後、申請内容が基準に適合するか審査されます。必要に応じて修正案の提出を求められる場合もあります。 |
| 4 | 許可通知 | 問題がなければ許可書が交付されます。条件付きで許可される場合もあります。 |
| 5 | 工事実施・完了報告 | 許可取得後に着工し、完了後は市区町村へ完了届を提出し、場合によっては完了検査が行われます。 |
3-2.周知の埋蔵文化財包蔵地
概要
周知の埋蔵文化財包蔵地とは
「周知の埋蔵文化財包蔵地」とは、すでに遺跡が埋まっていると判明している土地のことです(文化財保護法第93条)。
つまり、文化財が眠っている可能性が高い区域のことであり、歴史的景観のあるエリアに限らず、一般的な住宅街でも多く該当します。
発掘・試掘や過去の出土記録などから、遺構・遺物の存在が確認できる区域を、都道府県(または市区町村)の教育委員会が決定し、公表します。


主な制限
周知の埋蔵文化財包蔵地に該当する場合、土木工事等による掘削を行う際は、工事着手の60日前までに文化庁長官(実務上の窓口は市区町村の教育委員会)に事前届出が必要です(文化財保護法第93条)。
届出を受けた教育委員会は、必要に応じて発掘調査やその他の指示を行います(→詳細は「手続きの流れ」参照)。
ただし、周知の埋蔵文化財包蔵地以外のエリアにおいても、工事中に遺跡等が発見された場合には、現状を変更せず、遅滞なく教育委員会に届け出る義務があります(文化財保護法第96条)。
主な緩和措置
発掘に関する費用は、原則として事業者負担とされています(文化財保護法第99条第2項)。
ただし、個人が行う住宅建設などは、公費により支援される制度があります(文化財保護法第99条第4項)。この支援制度は、自治体により異なるため注意が必要です。
一般的には、試掘調査は教育委員会が負担し、本発掘調査は事業者が負担します。ただし、個人住宅などの非営利案件は国庫補助により自己負担が生じないケースもあります。
たとえば、埼玉県草加市では、試掘調査については教育委員会の負担、本発掘調査については、事業者負担としています(→参考「埋蔵文化財の取扱い(試掘調査・発掘調査)について/草加市教育委員会」)。
罰則
周知の埋蔵文化財包蔵地での掘削には事前届出が必要ですが、この規定自体に罰則はありません。
ただし、埋蔵文化財を調査する目的で、届出をせずに発掘を行うと5万円以下の過料が科せられます(文化財保護法第203条2号)。実際には、動画配信者が宝探し名目で、周知の埋蔵文化財包蔵地内で発掘したことが問題となりました。
手続きの流れ

周知の埋蔵文化財包蔵地で工事を行う際の流れは、おおむね次のとおりです。
発掘調査が完了するまで工事は本格的に着手できず、スケジュールに大きく影響する点に注意が必要です。
| 手順 | 概要 | |
|---|---|---|
| 1 | 届出提出 | 市区町村の教育委員会に事前届出を提出します。この届出は工事着手の60日前までに行う必要があります。 添付書類(位置図・配置図・設計図など)は建造物の種類により異なる場合もあるため、事前に確認しておくと手続きがスムーズです。 |
| 2 | 審査 | 教育委員会にて受理後、届出内容が審査されます。 影響が軽微と判断される工事は、試掘を省略し、工事時に自治体職員(または委託先事業者)が立ち会う場合もあります。 |
| 3 | 試掘調査 | まずは試掘調査が行われます。一般的にはショベルカーなどの重機で、試掘坑を掘削します(人力の場合もあります)。 試掘坑は、埋蔵文化財の存在する地層まで掘り下げられます。深さは数十cmから一m以上と、立地条件によって異なります。試掘坑の位置が建築計画に支障を及ぼす場合は、事前に相談が必要です。 また、試掘坑の数が不足すると文化財の有無を正確に判断できないため、障害物の除去を依頼されることもあります。 試掘調査は数日から一週間程度で終わるケースが多いです。試掘調査で埋蔵文化財が確認されなかった場合は、その時点で調査終了となります。調査結果は、後日、文書で正式に通知されるのが一般的です。 |
| 4 | 本発掘調査 | 試掘調査の結果、住居跡などの「遺構」、土器片などの「遺物」が確認された場合、本発掘調査に進みます。期間と費用は、調査面積、遺構・遺物の密度、土地や気象条件で大きく異なります。 一般的には、重機で遺跡面まで掘り下げ、さらに住居跡などの遺構を人力で掘削します。遺構・遺物を採取後、重機で再度埋め戻して調査が終了となります。調査結果によっては、遺構を保存するために建築位置の変更など計画修正を求められる場合があります。 本発掘調査に進んだ場合、調査期間は規模によって数ヶ月から一年以上に及ぶケースもあります。この間、工事が中断されるため、完成や引き渡しの時期が大幅に遅れるリスクがあります。 |
| 5 | 工事実施 | 事前届出後、必要な調査等が終了次第、着工します。 |
周知の埋蔵文化財包蔵地以外の地域において、偶然、工事中に遺跡等が発見された場合にも手続きが必要です。まずは現状を変更することなく、遅滞なく教育委員会に届出をします。
出土した遺跡等は、法律上「遺失物」として警察に届け出る必要があります(遺失物法第4条)。
その後、埋蔵文化財と判明して所有者が見つからない場合は(通常は見つかりません)、その所有権は国または地方公共団体に帰属します。なお、発見者や土地所有者には報償金が支払われる制度があります(文化財保護法第104条)。
3-3.重要文化的景観選定区域
概要
重要文化的景観とは
「重要文化的景観」とは、その地域の自然と人々の暮らしが織りなす景観の中で、国が特に価値が高いと認めて選定した景観のことです(文化財保護法第134条)。
選定は、都道府県または市区町村からの申出に基づき、国が行います。
選定の申出を行うには、景観法に基づく景観計画区域などの中にあることや、文化的景観保存活用計画を定めていることなどの要件が必要です。
全国では73件の重要文化的景観が選定されています(令和6年10月11日時点)。

主な制限
重要文化的景観に選定された地域では、景観に影響を及ぼすような開発行為等の際には、行為開始の30日前までに国(文化庁)に事前届出が必要です(文化財保護法第139条第1項)。
届出を受けた文化庁は、必要に応じて助言・指導・勧告などを行います(文化財保護法第139条第3項)。
ただし、通常の生産活動や非常災害時の応急措置は届出義務の対象外です。たとえば、農業景観が重要文化的景観に選定されている場合で、耕作・収穫などの日常生活に伴う行為に関しては、届出が不要です。
主な緩和措置
重要文化的景観の保存・活用のための事業には、国から補助金が交付されます(文化財保護法第141条)。対象は、地方公共団体の事業に加え、所有者が行う事業も含まれます。また、自治体が独自に支援を行っているケースもあります。
たとえば、重要文化的景観を構成している物件などの修理など、地域住民の負担を軽減しながら景観維持が図られています(文化的景観保護推進事業国庫補助要項第3条)。
重要文化的景観等として登録・選定された家屋・敷地については、固定資産税の課税標準額を2分の1に軽減できる仕組みがあります(地方税法第349条の3の2)。ただし、この仕組みを適用するかどうかは自治体の判断によります。
罰則
重要文化的景観選定区域における開発行為等の際は事前届出が必要ですが、これに違反した場合には、5万円以下の過料に処されます(文化財保護法第203条)。
手続きの流れ
重要文化的景観選定区域における届出の流れは、おおむね次のとおりです。
| 手順 | 概要 | |
|---|---|---|
| 1 | 事前相談(事前協議) | 市区町村に事前に相談します。 市区町村は、担当部署に加え都道府県や文化庁と協議を行う場合があり時間を要するため、計画段階で早めに相談します。 自治体によっては、事前協議書の提出や、その期限を独自に定めている場合もあるため注意が必要です。 |
| 2 | 届出提出 | 工事着手の30日前までに、市区町村へ届出を行います。 届出を受理した市区町村は、その内容を都道府県や文化庁に進達(情報共有)します。 自治体によっては、文化庁への進達手続きを考慮して、さらに早い届出期限を定めている場合もあるため注意が必要です。 |
| 3 | 工事実施 | 届出を提出した後、または事前相談の結果届出不要とされた場合は、工事に着手できます。 工事完了後は、市区町村への情報共有に努めます。自治体によっては完了届の提出を義務付けている場合もあるため注意が必要です。 |
4.不動産取引時のチェックポイント
不動産取引において文化財保護法に関する重要事項説明(宅建業法第35条)が必要となるのは、次の3つの場合です(有形文化財や記念物などを取り扱うケースは稀であるため割愛しています)。
- 「3-1.伝統的建造物群保存地区」に該当する場合
- 「3-2.周知の埋蔵文化財包蔵地」に該当する場合
- 「3-3.重要文化的景観選定区域」に該当する場合
実務上、最も関わる機会が多いのは「周知の埋蔵文化財包蔵地」であり、歴史的景観の広がるエリアのみでなく、一般的な住宅街にも多く存在します。
特に「試掘調査」「本発掘調査」の費用負担について確認が欠かせません。多くの自治体では、試掘調査は教育委員会が負担し、本発掘調査は事業者が負担します。個人住宅のような非営利案件は、国庫補助で自己負担なしとなる場合があります(→詳細は「3-2」参照)。
全体的に、文化財保護法に関する手続きは時間を要する傾向があり、スケジュールには十分な余裕が必要です。







